世間知らず妻の社会人デビュー

 

俺は35歳、チェーン展開している喫茶レストランの雇われ店長をやっている。

受け持っている店舗は5店舗。

普段はそれぞれの店舗をまんべんなく回って、スタッフのケアや帳簿のチェック、マニュアル通りに店舗が運営されているかを見る。

しかしある女を採用してからは、1つの店舗にほとんどの時間を費やすことになった。

人員不足だから雇ったのに、この女のせいで逆に店が回らなくなって、他のスタッフが疲弊している。

確かに、フロアとして雇った女は、27歳だというのに社会人未経験と言っていた。

が、こんなに使えないとは思っていなかった。

フロア業務は難しいことはなにもない、高校生でもアルバイトで出来る仕事だ。

来店したお客様を席に案内し、水とおしぼりを出す。

注文を聞いてハンディに打ち込む。

料理を運ぶ、下げる。

レジ業務は出来が悪いのでまだ教えていない。

この女の履歴書の職務経歴欄は空白だった。

面接で聞いた話では、高校時代にできた初めての彼氏と大学卒業と同時に結婚、すぐに専業主婦になったらしく、学生時代もアルバイト未経験。

すぐに子供をつくって子育てに集中する人生計画だったが、授かることができず今に至る。

この度社会に出ようと考えた理由は、

「今後の不妊治療に踏み出すためのお金を貯めようと思って…」

そう下を向きながら話していた。

仕事の面接も初めてだったのだろう。

志望動機を尋ねると、初彼と結婚して…とか、不妊治療のために…とか、今の時代そこまで言わなくていいプライベートなことまでご丁寧に話してくれた。

他の店舗でも人員不足が発生していたため、猫の手も借りたい思いだった俺は、あまり深く考えずに採用してしまった。

いや、専業主婦にも関わらず、週5日フルタイムでどの時間でもシフトに入れると聞いて、この存在を逃せなかったのが本音だ。

入社して1週間はミスをしても、

「最初はみんな未経験だから大丈夫だよ、気にしないで。」

と声を掛けていたが、半月経った頃でも初歩的なミスを繰り返していた。

これはもう野放しにしておけないと思ったのは、1ヶ月経った頃に他のスタッフから、

「もうお客様に出せる食器がありません。。。」

と、これまで聞いたこともない連絡を受けたときだ。

詳しく話を聞こうとすると、言いにくそうに現状を話してくれた。

この女が毎日数枚の食器を落として割っている。

常に焦っているから料理を持ったまま他のスタッフにぶつかって落とす、片付けるときに挽回しようと思うのか、持てない量の食器を運ぼうとして落とす。

そのせいで、割れた食器の片付けに時間をとられて困っていること。

オーダーミスも1日に何度もあり、料理の作り直しにも時間をとられる。

混雑時には、来店した順番に案内し損ねてお客様を怒らせてしまうことも多々。

たまたまこの店舗は、この女より年下のスタッフが多かったため、何度も同じミスをしても強くは言えないし、なにより一生懸命なのが伝わるからみんな口をつぐんでいたようだ。

休憩時間にも仕事を覚えようとメニューを凝視し、所持しているノートにびっしりメモを書いたり、店舗の掃除を誰よりも積極的にしたり、悪い人ではないんです!と。

他のスタッフとも積極的にコミュニケーションをとろうとしているようで、普通に話すときは良い人なんです!と女を庇っていた。

ただ、人員不足は解消しているはずなのに前より忙しい気がする、みんな疲弊している様子だと教えてくれた。

ちょうど他の店舗の人員不足も解消し、俺の手も落ち着く頃だったので、この女の面倒を見ることにした。

他のスタッフには通常業務をしてもらい、この女には俺が張り付くことにして1週間。

判明したことを一言で表現すると、効率の悪い動きをわざわざするから、しなくてもいいミスを自ら引き起こすということ。

これまで褒めて伸ばすを信条にスタッフ育成をしてきた俺も、女の非効率な動きを目の当たりすると流石にイライラしてくる。

営業中に注意しようとするが、

「田中さん!」

と名前を呼び止めても、常に焦っているため聞こえていない。

その数秒後にはミスをする。

こんなに非効率な動きをし、ミスを連発する人に出会ったことがなかったため頭を抱えた。

考え抜いた結果、閉店後にマンツーマンで動きを指導するということ。

お客様がいる時間は到底無理だと考えた。

しばらくの間は、閉店作業が始まる時間に出勤してもらい、掃除や食器洗いを中心にしてもらう、閉店後は2~3時間基礎から学び直そうと提案した。

通勤は自家用車なので、深夜に帰宅することになっても危険は少ないこと、夫にもミスを連発していることを話しているため快諾してもらったこと等を踏まえ、目標は1週間で通常シフトに戻ることを掲げ始まった。

その間の抜けたシフトには、自分が入るか、他店舗から応援に来てもらっていた。